VW Driving Experience in Tunisia 2009 サハラ砂漠を走る   


●3 砂漠を4輪駆動車で走るには?




門前の小僧、習わぬ経を読む。

つね日頃見聞きして慣れていれば、知らず知らずその物事に習熟することのたとえ、だ。

フォルクスワーゲン社主催の「フォルクスワーゲン・ドライビングエクスペリエンス」
に参加し、チュニジアのサハラ砂漠を走っていて、なぜ、そんなことわざを思い出したのか。

「スタックしないで砂漠を走るのには、何に注意すればいいのですか?」

新聞広告とディーラー店頭での懸賞募集に当選し、20万円の費用を支払って
一般から参加してきた方から、ランチのテーブルで訊ねられた。

彼らは、その日の午前中、初めて走るサハラ砂漠でスタックを繰り返していたのだ。
砂に埋もれて身動きが取れなくなったトゥアレグV6 TDIを、
全員で協力してスコップで砂を掻き出し、サンドプレートをタイヤに押し込み、
もう一台のトゥアレグとロープで結んで引っ張り上げた。
その連続で、みんな砂まみれ、汗まみれになって、ランチに戻ってきたのである。

スタックしない走り方?

訊ねられて、初めて意識したが、スラスラとポイントを説明できたのが、
自分でもとても意外だった。

「大事なことは、3つあります。ハンドルを切っている時間をできるだけ短くすること。
スロットルは急に戻さないこと。停車する時には、上りでも下りでもいいから、
必ず勾配のあるところで停まること。この3つです」

この3つは、誰かに教わったわけでも、何かで読んで知ったわけでもない。
昨年と一昨年に参加したラリーレイド「トランスシベリア」の助手席で、
知らずに身に付いたものである。
7500kmのラリーレイドに2回、ナビゲーターとして参加し、
横で運転している小川義文さんのドライビングから得た。
ジッと観察したわけでもなく、いちいち「ここはどうやって走るんですか?」などと
小川さんに訊ねたわけでもない。

合計1万5000kmのラリー中、僕がハンドルを握ってカイエンSトランスシベリアを
運転したのは、わずか300kmが1回だけ。
2007年の、ロシアステージ最終日に、スペシャルステージもなく、
キャンプ地への到着時刻が規制されることもなかった日に、
参考のためだけに一度だけ走らせた。2008年は運転していない。

「舗装路を走っていると気付きにくいですけど、ハンドルを切って、
前輪に少しでも舵角が発生していると、その分が抵抗になります。
砂の抵抗というのはものすごく大きくて、
その抵抗がクルマを止めるように作用します。
でも、エンジンからの駆動力は途切れなく伝えられてきているから、
クルマを前に進めるのではなく、下方向に砂を掻く方に使われ、
それがスタックに結び付くのです」

縦にした左右の手の平を動かしてフロントタイヤに模しながら説明すると、
それをが耳に入ったのか、別の人から質問が出た。

「ハンドルを切っている時間を短くするということは、
“急ハンドル”になってしまわないのですか?」

この人の心配は、よくわかった。
雪の上や凍った路面などでの急ハンドルは命取りだ。
彼は、それを心配しているようだ。

「大丈夫です。“急ハンドル”にはなりません。
さっき走ったようなフカフカな砂だったら、急にハンドルを切っても、
舗装路や凍結路のようなことにはなりません」

いつの間にか、他の参加者もやり取りを聞いている。

「慣れて来ると、ハンドルを切って回っている途中で、
だんだんとフロントタイヤの抵抗が増えていくのが感じられるようになります。
それを感じたら、一瞬、スパッとハンドルを直進に戻してみて下さい。
抵抗がなくなって、クルマがスーッと進んでいきますから」

すかさず、次の質問が飛んで来た。

「ハンドルを直進にしたら、コースから外れてしまいますよね?」

たしかにその通りなのだが、砂漠を走る場合は、一般の舗装路を走る時のように
真っすぐ走っているわけではなく、実際のところ、クルマはクネクネと進んでいる。
360度見渡しても、他にクルマなんて走っていない砂漠なのだから、
多少クネクネしたって構わない。

「僕も、曲がっている途中で、スパスパッとハンドルを戻しながら走っています。
舗装路を走っている時のようなキレイな曲線を描いて走っているわけではなくて、
曲線の途中に短い直線が含まれたギザギザの軌跡となっています」

「フォルクスワーゲン・ドライビングエクスペリエンス」には、
専任のインストラクターが就く。
今回は、アンドレアスというドイツ人とアシスタントが一名。

アンドレアスが、毎朝、その日のコースの簡単な説明を行って、先頭を走り、
最後尾をアシスタントが受け持つ。アンドレアスは、砂漠を走る時の注意点として、
「スロットルを強く踏め。上り勾配は、勢いを付けて走れ」とアドバイスしていた。

たしかに、砂地の勾配を上る時には、その手前の助走区間で勢いを付けなければならない。
参加者はその教えを守って、いいところまで行くのだが、上りの途中でスタックしてしまう。
なぜならば、強く踏み込んだスロットルペダルを一気に戻してしまうからだ。

段階的に戻していかないと、急な荷重移動が生じ、
駆動力が途切れてリアタイヤのグリップが失われてしまう。
一瞬の後に踏み込んでも、回るタイヤは砂を引っ掻くだけで、
クルマは前に進まない。沈んでいくだけだ。

3番目の、「停めるのは勾配のあるところへ」は、
次に動き出す時に、惰力の転がりを利用するためだ。
平らなところに停めると、その場で掻いてスタックする場合がある。

美味しいチュニジアのランチをいただき、午後も砂漠へ。
約200年前に、フランス軍が丘の上に築いた砦の遺跡に上るのが目標だ。

ランチの間に、一帯が突発的に雹に見舞われた。
直径数ミリから1センチぐらいの氷の粒が大量に降って来た。
北アフリカで雹に見舞われるなんて、ラッキーなのかアンラッキーなのか。

ラッキーだったとすれば、砂が雹の水分で固まってくれたことだ。
砂漠は、午前中のベージュ色から、濃い褐色に変化して来た。
青い空とのコントラストが、鮮やかだ。

雨降って地固まり、格段に走りやすくなっていた。
誰もスタックしなくて良かった。
と、安心した次の瞬間、固まっていたはずの地面がズルッと大きくズレた。
穴に落ちたような感覚が伝わって来たが、穴なんてあるわけがない。
スタックだ。
降りて確かめてみると、雹の水分で固まっていたのは砂地の表面だけで、
中は変わらないフカフカの砂のままだ。
こういうこともあるのだ。門前の小僧の限界だった。

フォルクスワーゲン・ドライビングエクスペリエンスは、
2008年に世界中で203イベントも行われた。
同様の催しは他社も取り組んでおり、アウディ、ベントレー、
ランドローバーのものには参加したことがある。
ポルシェは「トラベルクラブ」という事業体を持って活動しているし、
AMGはサーキットでの本格的なトレーニングで年間シリーズを組んでいる。

日本での取り組みはアウディが一歩先んじていて、
インゴルシュタットの本社見学とニュルブルクリンクサーキット走行を組み合わせ、
その間の移動を最新アウディでアウトバーンを走るツアーを日本独自で企画運営している。

砂漠で、凍った湖の上で、ジャングルで、第一級サーキットで、アウトバーンで、
日常では不可能なクルマのパフォーマンスを最大限発揮できる
内容の旅が用意されている。
どれに参加しても、クルマのスゴさを体験し、
クルマへの情熱と認識を深めることができるはずだ。
世界があなたを待っている。