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Paris Beijing 2006



●8 中国高速道路事情 中国・蘭州



中国の高速道路網は、猛烈な勢いで整備が進んでいる。

2001年には総延長距離が1万9000キロに達し、ドイツを抜いて、アメリカに次ぎ、世界第2位。翌2002年には2万5100キロと、恐ろしい勢いで距離を延ばしてきている。日本の総延長距離が約7000キロだから、中国の勢いの激しさがよくわかる。

ダイムラークライスラー(当時)のイベント、「Eクラス・エクスペリエンス・パリ北京2006」(以下、パリ北京2006)に参加して、僕も中国の高速道路を、カザフスタンとの国境の街イーニンから北京まで約4000キロほど走った。

たしかに、中国の高速道路の整備状況は目覚ましかった。360度、地平線まで見渡す限りの砂漠と岩山が連なった荒野でも、
片側2車線の立派な自動車専用の高速道路が貫いている。

“こんなところまでも”と驚かされるような土地に、
アスファルトのハイウェイが延びている。
中国は広いから、こうした光景は当たり前なのだが、“誰のため? 何のため?”といったクエスチョンマークが一瞬、頭をよぎる。

欧米のほとんどの高速道路の走行料金が無料なのに対して、中国では日本のそれのようにどこを走っても必ずキッチリと通行料金を徴収された。
その金額も、中国の物価を考えれば安くはなく、
日本と比較すると感覚的に数倍もしていた。

走っているのは、大型トラックばかりだ。乗用車は、あまり見掛けない。
サービスエリアに立ち寄ってみても、
トラックやトレーラーなどは何十台も停まっているが、乗用車は数少ない。

サービスエリアのレストランに入ってみた。料理見本が陳列されたショウケースもなく、ドアを開けるとガランとした空間が広がっているだけの素っ気なさだ。

これもまた粗末なテーブルと椅子が無造作にたくさん並べてあって、
客たちは食事を摂っていた。

失礼ながら、食べている料理を覗かせてもらうと、多くの人たちが小鍋をツツいている。
カセットコンロの上に乗せた小鍋に、傍らの皿に盛られた薄切り肉や青菜などを投入し、頃合いに煮えたところで引き上げて、手元のタレに付けて食べている。
コンロや鍋、食器類などは使い込まれ、端が欠けたりしているが、実に美味そう。
肉や野菜が新鮮で、鍋なので、当たり前だけど、できたてを食べることができる。

別のサービスエリア内では、高速道路の事業者が建てたビルとは別に、
掘建て小屋が建っていた。看板の中に、“麺”の一文字を発見。

さっそく、ムシロのような布の扉をめくって中に入ると、
床の地面むき出しのラーメン店だった。
客室とムキ出しでつながっている厨房を覗くと、大きなカマドがふたつ並び、
グラグラとお湯が煮立った大鍋が乗せられている。
料理人は、麺の元となる小麦粉の塊と格闘している。
まな板の上でコネ終わると、伸ばし始めた。テレビの料理番組のまんまだ。
伸ばした生地を、今度はまな板に叩き付けて粉を振り、伸ばしては分け、
伸ばしては分けてと、倍々に増やして麺にしていく。

手さばきの良さに見とれているうちに、麺は大鍋の湯の中に投入された。
ものの1分ぐらいで引き上げられ、丼に。
そこに、別のカマドで作られた具だくさんのツユが掛けられて一丁上がり。

日本のラーメンのようなスープヌードル・タイプではなく、
具の入ったタレを麺の上からザッと掛けてあった。
イーニンの町外れの街道沿いで食べた麺も、同じようなものだった。
注文を受けてから、パンパンッと麺を叩き、スコスコスコッと野菜を刻み、
ササッと茹でて、素早く完成。打ちたて、茹でたてが、マズいわけがない。

サービスエリアの食堂の小鍋ランチといい、エリア内掘建て小屋の“たてたて麺”といい、
中国人って、なんて舌が肥えているのだろう。
作りたてが一番美味いことを知っていて、それをさまざまに実践している。

サービスエリアで摂る食事なんて、しょせんは“間に合わせ”に過ぎない。
移動中の空腹を満たすためだけのものだと妥協していない。

日本や欧米の高速道路のようなファミレス風の、工場で大量に調理冷凍された料理を加熱再生されたものなど食べないのだ。
ピリカラのタレが美味かっただけではなくて、僕は、食事を疎かにせず、
美味しいものを追求する中国人の姿勢に感動した。

もちろん、中国と日本や欧米とのさまざまな事情の違いはあるだろう。
外食産業の発達具合が違うから、いちがいには断言できない。
しかし、僕には、小鍋ランチと2カ所での打ちたて&茹でたて麺によって、
中国人の貪欲なまでの食への欲望を感じ取ることができた。

人間は、いろいろな種類の欲望を持っている。
衣食住という、生きて行くのに最低限必要のものに関しても、
何をどう欲するかは、人それぞれだろう。
そうだとしたとしても、サービスエリアの小鍋ランチを見て、
彼らの美味しいものを食べたいという欲望が突出していることがよくわかった。

衣食住と言えば、中国の高速道路のサービスエリアには、
宿泊施設が設けられているところが多かった。
高速道路を降りたとしても、周囲にはホテルはおろか何も見当たらないようなところでは、トラックドライバーは自分のクルマかエリア内の施設で夜を明かすのだろう。

部屋までは見せてもらわなかったが、建物は質素なものだ。
これこそ、“間に合わせ”に泊まるわけだから当然なのだが、
中国人は食ほどには宿泊に求めるものが少ないのだろうか。
次回は、試みに泊まってみたいものだ。

中国の高速道路のサービスエリアで楽しいのは、売店だ。
どこも大きな店を構えていて、いろいろなものを売っている。
日本のサービスエリアの売店の充実ぶりも、
欧米のそれに較べればたいへんなものだが、中国もスゴい。
食料品や飲み物などは当然のこととして、石鹸やシャンプー、ひげ剃り、タオルや下着など生活必需品が豊富に揃っている。

中には、動物のぬいぐるみや花火なども売っているところがあったが、
家で帰りを待っている子供へのお土産だろうか。

新ピョウウイグル自治区のイーニンから東へ向けて、毎日、メルセデスベンツE320CDIで高速道路を走り続けて行くと、サービスエリアの売店の品揃えが変わっていくのに気付く。
売っている商品は変わらないのだが、ブランドが変わっていく。
日本ならば、食料品や飲み物などの大量生産品は全国展開しているブランドが
主力となるが、中国は違う。
地域毎で、どんどん変わっていく。
大量生産&消費される生活必需品は、全国区ブランド化していく日本や欧米のような
消費と流通構造になっているのだろう。

例外もあって、カップラーメンの「今麦郎」は宣伝もよく見掛けるほどの
全国区ブランドだった。
今麦郎に目を付けた同行のカメラマンSさんが見付けては、よく買って食べていたっけ。

食に関して、「できたて」を尊ぶ中国人らしく、
売店ではガラス製の茶こし筒を売っていた。
お茶っ葉とお湯を入れれば、どこでも暖かくて煎れたてのお茶を、
二杯程度楽しむことができる。
トラックドライバーが、休憩時に煎れたてのお茶を飲むためのものだ。

いかに本物の味に近付けるか、飲料水メーカーが開発に血道を上げ、全国あらゆるところに自販機を設置しようとする日本と、どちらが豊かなお茶の楽しみ方なのか。

サービスエリアのガソリンスタンドも立派で、サービスが充実していた。
E320CDIのタイヤ空気圧を確認するために、スタンドの裏に回ってみたら、
独立したタイヤショップが営業していた。
4本の空気圧をチェックし、不足分を手際良く充填してくれた。
たしか、日本円で200円ぐらい支払った。

中国の高速道路は、トラックドライバーの“生活の場”でもあった。
荒野と荒野の間に点在する都市や街を往復して、荷物を運ぶ。
仕事に出発して、再び戻ってくるには何日も掛かることだって珍しくはないだろう。
国土の広大さと総延長距離の長さから、彼らの仕事の苛酷さは容易に想像できる。

総延長距離こそ世界第2位となったが、中国の高速道路網は発展途上にある。
貧弱な高速道路網しか持たない日本人がエラそうなことは言えないが、
中国では、高速道路と携帯電話の巨大なアンテナがすべてに先んじて建設されている。
こうしてサービスエリアで小鍋ランチをうまそうに頬ばっているトラックドライバーたちが運んでいる物資によって、やがて荒野に街が建設され、人々が移り住んでくるのだろう。
その時、彼らにとって(総延長距離が世界第1位になっているかもしれない)
高速道路網は、街と街とを縦横無尽に自由に行き来できる、
かけがえのない高速移動手段のひとつとなっているはずだろう。