Transsyberia2008 トランスシベリア2008


●ライプチヒ


カイエンSトランスシベリアで、「トランスシベリア2008」にエントリーしているドライバーとコドライバーは、ポルシェが招集するトレーニングに参加しなければならない。

したがって、ドライバーの小川義文さんとコドライバーの僕も、5月下旬の5日間を今年もドイツのライプチヒで過ごすこととなった。ライプチヒには、カイエンとパナメーラのアッセンブリー工場とビジターセンターがあり、オン&オフのテストトラックが併設されている。旧市街のホテルに宿泊し、毎朝バスでビジターセンターに通い、夕方までトレーニングをこなした。

トレーニングは、昨年型カイエンSトランスシベリアからのアップデート内容の説明、各自の車両確認、装備品チェック、各種書類への記入や署名から始まった。

今年も、トランスシベリアに出場するカイエンSトランスシベリアは、多い。19チームを数える。僕らも、2年目だ。

トレーニングの初日の朝、ライプチヒのホテルのロビーで、昨年に引き続き今年も出場する面々に再会できたのが懐かしく、うれしかった。ポルシェの、このプロジェクトの現場監督であるユルゲン・ケルンをはじめとする関係者たちも、ほぼ同じ顔ぶれだ。

昨年、総合優勝を飾ったアメリカ・チームのロッド・ミレンもやって来て挨拶したが、今年は彼の代わりに息子のライアンが、同年輩の若者と組んで出場する。

チーム・アジアパシフィックからドライバーとして参加していたシンガポール人ドライバーのエディ・ケンは、今年はポルシェ・チャイナからの依頼で中国人ドライバー、ディン・ルーのコドライバーとして再び出場することになった。

エディとは、同じアジア人同志ということもあって、昨年のトレーニングから仲良くしていた。彼らも、“パリス・ダカールでは、どうやっていたのか?”と、ことあるごとに小川さんを頼りにしてきていた。

川でスタックしたエディたちを僕らのクルマで引き上げたり、反対に、スペシャルステージ中で2本のスペアタイヤをパンクによって使い切り、3度目のパンクをして途方に暮れていた時に、通り掛った彼らから1本借りたりした。エディたちに限ったことではないが、参加者たちはお互いにライバルでありつつ、仲間でもありながら、2週間7000kmを戦ってきた。だから、一年後の再開の喜びも大きいのだろう。

昨年は、あまり会話らしい会話をしたことがなかったカタールのアデル・アブドゥーラやUAEのティム・トレンカーなどとも、一気に話をするようになった。

初日のガイダンスは、ビジターセンター2階のプレゼンテーションルームで行われた。

並べられた椅子に、奥から詰めながら腰掛けた瞬間、今年はふたりとも顔触れが変わったイギリス・チームのひとりに声を掛けられた。
「はじめまして、僕はマーティン・ロウ。チーム・グレートブリテン」

イギリスのふたりは、去年と違って、トレーニングの段階から揃いのユニフォームを着込んでキメて来ている。気合いの入りようが違う。
「ラリーとか、オフロードドライビングは、よくやるの?」

よせばいいのに、自己紹介に続けて、僕はイギリス人にちょっと先輩風を吹かせてしまった。
「トシ・アライと一緒に、スバル・チームで走っていたことがあるよ」

全英ラリー・チャンピオンを何度も獲得しているマーティン・ロウさん、失礼しました!

2008年仕様へのアップグレードについて、ユルゲン・ケルンが一番最初に明らかにしたのが、タイヤの変更だ。昨年、各チームでパンクが頻発したダンロップ・グランドトレックから、BFグッドリッチのオールテレインT/Aになった。

僕らの11回というパンク回数は多い方だとはいえ、ひとつのスペシャルステージで4回パンクを喫しているドバイ・チームなど、昨年はみんなパンクに悩まされていたのだ。

その原因は、タイヤチョイスにあったのではないかという推察は、ラリー中からなされていた。2トン近くにもなるカイエンSトランスシベリアの重量を支えながら、モンゴルの荒野で牙を剥いている鋭い岩と石からサイドウォールとトレッドを守るには、昨年用のタイヤは明らかに役不足だった。

今年も変わらぬメンバーで参加してきたチームUAEのサイード・アルハジャリは、そのことをすでに昨年早いうちから見抜いていた。
「ダンロップは優れたタイヤメーカーではあるが、このタイヤはカイエンとこのコースには合っていない」

アルハジャリは、1986年のファラオ・ラリーにポルシェ959で総合優勝を飾っている他、数々の戦績を残している中東の名ドライバーだ。現在は、引退してドバイで不動産を営みつつ、砂漠でオフロードドライビングスクールを運営している。

小川さんにとってアルハジャリは“若き日のヒーロー”だったようで、とてもリスペクトしている。アルハジャリもそれをよく憶えていて、僕らとの再会を喜んでいた。

BFグッドリッチのタイヤは、本来の使い途がライトトラック用だけあって、頑丈そうに見える。トレッドもサイドウォールのゴムも分厚く、簡単には破けなさそうだ。

次に、ユルゲンが言及したのが増槽タンクだった。昨年は、20リッター入りの、いわゆるジェリ缶と呼ばれるタンクを2個、ラゲッジスペースに固定して積んでいたが、今年はFIA規格を満たした60リッターの固定式タンクが据え付けられている。

その他、シートがレカロ社製のフルバケットに変わり、ゼッケンも昨年の15番から11番へ。
「タイガースの村山ですね」

喩えが古過ぎたが、ふたりともオヤジなのでニヤッとしてしまった。

ポルシェらしく、2008年仕様へのアップデートはきめ細かく行われている。エアサスペンションやダンパー、トランスミッション、PDCCなどのセッティングやアライメントを改め、悪路走破力に大きな影響を及ぼすアプローチ&デパーチャー・アングル値の向上。デフロックとローレンジのセッティング更新等々。

それらの成果は、翌日のオフロード・ドライビング・トレーニングで確かめることができた。

ライプチヒ郊外の、かつてコールタール採掘が行われていた広大な空き地を走り込んだ。路面のコンディションが様々で、アップダウンもキツい。岩や石が埋もれていたり、ところどころ木々や草などが生い茂っていて、ブラインドコーナーを作っていたりと、ロシアのスペシャルステージに似ていないと言えなくもない。ものスゴく広くて、面積はザッと見積もっても軽く東京ドーム30個分以上はあるだろう。

「スロットルを踏み込んで、加速する時のトラクションが上がったね。エアサアスを“スポーツ”モードにした時のクルマの落ち着きも良くなった。ダンピングと乗り心地が向上したのがよくわかる。“スポーツ”モードだと、シフトタイミングも良くなった。エンジンのトルクが一番盛り上がるところで、どんピシャでアップもダウンもするようになった」

アップデートに対する小川さんの評価は、高い。PDCCの効きが明瞭になったとも付け加えていた。

助手席に座っていても、昨年型との違いははっきりと感じ取ることができた。シートにはクッションがほとんどなくなり、乗り心地は路面の凹凸や姿勢変化を直接的に伝えるようになったはずなのに、むしろ柔らかく感じたほどだ。タイヤの変更が大きく作用しているに違いない。ドラム缶に潜って、外から棒で叩かれるようなうるささも、減った。車内を荷物で満たせば、この騒音は自動的に軽減されるが、空の状態で静かになったということは、ラリー中の、特にロシアでの長いリエゾン区間での僕らの疲労が軽減されるはずだ。エアコンの効きも強くなったから、快適性を損なわずに済む。

おおむね、2008仕様へのアップデートに僕らは満足することができた。しかし、2008年型の新車を見ると、複雑な気分になる。ロールケージの形状などが改良されていて、いかにも“ポルシェの新車”っぽいのだ。911やボクスターなどでも、マイナーチェンジを施された新車のポルシェから漂ってくる独特のオーラがあるのだ。

昨年、モンゴルの高速ステージでカイエンSトランスシベリアを“縦転び”させたドイツやカナダ・チームなどは新車に買い替えて臨んできているから、要注意だ。

トレーニング中の食事時やバスでの移動時に、僕ら連続出場組の面々が必ず口にするのが、“今年のラリーはどうなるだろうか?”という戦況分析だった。エディは、「トップグループの争いは、よりアグレッシブなものになるだろう」と読んでいた。

その根拠は、昨年出場し、好成績を収めたトップグループのチームは、優勝したロッド・ミレンとそのコドライバーを除くと、ほとんど今年も出場してきている。経験があるので、より競争が激化するというわけだ。

その中でも、ドイツチーム1号車のアーミン・シュワルツとアンドレアス・シュルツのゼッケン10が大本命だろうというのが、みんなの一致した意見だった。1998年のヨーロッパラリーチャンピオンで、2005年までWRCに連続出場していたシュワルツと、2001年と2003年にパリ・ダカールラリーに2回優勝しているシュルツのコンビは最強だ。プロ中のプロ。ただ、シュワルツにも弱点がある。昨年もそうだったが、いわゆるWRCタイプのラリードライバーであるシュワルツは速さを追求し過ぎる。レッキができないラリーレイドでは、純粋な速さより、クルマを壊さずペースを保てる確実性が要求される。シュルツの手綱さばきに掛かっている。

「アルハジャリをはじめとする中東勢が侮れない」

昨年、ラフロードでの戦い方を熟知しているところを見せ付けていたアルハジャリや総合3位のチーム・カタールなどは、今年、総合優勝してもおかしくない。

初参加組の力量は不明だが、モンゴルの過酷なスペシャルステージを初体験するのは彼らにとって大きなプレッシャーとなるだろう。

昨年の経験がある僕ら2年目組が有利であることは間違いないが、経験が慢心につながる危険性を警戒せねばならない。初心が、ニュートラルで謙虚な姿勢を保ち、好結果を導き出すことがあるからだ。経験をいかに生かすことができるかが勝敗を左右する。それは、どこのチームも変わらない。