Transsyberia2007 トランスシベリア モンゴル-4


2007年8月 ロシア・モスクワ~モンゴル・ウランバートル


●ラリーに誘われる


ダルヴィからアルタイまでのスペシャルステージはキャンセルされたが、
僕らはアルタイまで移動しなければならない。
スペシャルステージをそのまま行くのではなく、地元住民の使う
生活道路やワダチをたどっていく。
彼らはゲルと呼ばれるテント型の住居に住んでいる。
家畜を追いながら遊牧して生活している。
馬に乗って牛や羊を追っている者もいれば、中国製の90ccや125ccのオートバイに
跨がっている人もいる。
大家族なのか、大型のゲルの脇には、たいていパラボラアンテナが立っていて、
テレビの衛星放送を受信している。
 
峠や山の頂上には祠が建てられ、チンギス・ハンの胸像などもよく見掛けた。
僕らには面影がほとんど認められないようでも、
ノマド(遊牧民)の暮らしが息づいている。
 
アルタイからバヤンコールへのスペシャルステージは408km。
ルートブックを見ると、川を何本も渡ることになっている。
山から流れ出た雪解け水がまとまって太い川となる手前の段階を横切る。
 
スタートして、最初から選択を迫られた。川が枝分かれしているから、
アミダくじのように渡っても渡っても、現れてくる。
川底が見えるような浅いところでは、小川さんはそのままゆっくりと渡るが、
深いところや流れの急なところでは副変速機でローレンジを選び、
センターデフをロックして渡る。
それでも、目測を誤ると、フワリと水中でタイヤが川底を離れ、
カイエンが流されるのがわかる。
底の石が見え、川幅も広くないところを渡ろうとした時に、スタックした。
流れに少しの角度だが、逆行したのが間違っていた。
川の中に入っていってみると、流れは思いの他、速くて強い。
川底の石でタイヤが滑り、エンジン回転を上げると、石が跳ね、
カイエンは深く潜っていく。このままもがき続ければ、立ち往生だ。
僕も小川さんも、同じ心配をし始めた時に、幸運がやって来た。
ポルシェのメカニックたちが乗るサポートカーが通り掛り、
ロープで引っ張り上げてくれてことなきを得た。
 
山と山の間には必ず川が流れていて、渡っても渡っても、次々と現れてくる。
たまに橋が架けられていたりするが、たいがいは洪水で流されていたり、
真ん中から折れていたりするから、アテにはできない。
橋をアテにするよりは、カイエンから降りて流れに入り、深さと速さを確かめて、
小川さんを誘導する方がどれだけ確信が持てただろうか。
おかげでカイエンのシートはズブズブになったが、またひとつ“地球を、
自分の身体と勘で確かめ、判断すること”の気持ち良さを感じることができた。
獣に戻ったような錯覚さえ覚えた。
アドベンチャーラリーに初めて参加してみて体得したものがあるとすれば、
この一点に尽きるだろう。 唯一の文明の利器GPSを使って、
地形や地勢を手がかりにして、進むべき方向を自分で判断して見付ける。
獣の五感と現代人のテクノロジーを使って、いかに進路を見付け、速く移動するか。
 
日本でクルマを運転していると、カーナビや携帯電話をはじめとして、
便利なものがいろいろと手助けやお節介をしてくれる。
便利なものは生活を楽に運んでくれるが、それらに頼らず、
A地点からB地点までの移動を競うのがアドベンチャーラリーだった。
日本の、忙しない自動車生活からは最も遠いところにあるもの、と
取りあえず僕は結論付けることにした。
 
モスクワから15日間で約7000km走って、ウランバートルに到着した。
総合12位、クラス9位。幸運に恵まれ、友人たちに助けられた結果だ。
完走できたことが、何よりもうれしかった。
8日ぶりに浴びたシャワーで、身体からなかなか泡が立たなかったのは
獣の垢がこびり付いていたからだろう。