Transsyberia2007 トランスシベリア モスクワー1

2007年8月 ロシア・モスクワ~モンゴル・ウランバートル


●決勝スタート

ラリーのスペシャルステージが、こんなにも激しいものだったとは知らなかった。

ポルシェ・カイエンSトランスシベリアのボディは激しく前後左右、
そして上下にバウンドし、ドライバーもコ・ドライバーも車内で揺すられ続ける。
まるで、巨大なカクテルシェイカーの中で作られるドライマティーニに
浸っているかのようだ。

ドシッ、ダダダッ、ガツンッ、カァーン、ゴンゴンゴンッ。
タイヤが路面の突起や穴に強く当たり、跳ね上げた小石がフェンダー内側や
アンダーフロアにぶつかる音が、すべて車内に侵入してくる。

トランスシベリア用にポルシェのヴァイザッハ研究所で26台製作されたカイエンSは、
軽量化のためにボディの内張りや遮音材などがすべて省かれているから、
エンジンやトランスミッションからのノイズも、そのまま車内に入り込んでくる。
ギシッ、ギュギュッ、ギシッ。
スタート前に、ロープやネットなどで強固に固定したはずの荷物や
スペアタイヤなどが踊り、揺すられて、音を出しているも聞こえてくる。

「2km先で分岐しているこの道を、1時方向へ!」
ヘルメットに取り付けたインターコム・システムのマイクとスピーカーを通じて、
ドライバーの小川義文さんに僕らの進むべき方角と
曲がるタイミングを伝えなければならない。

だが、激しく揺さぶられるのでルートブックのコマ図がブレてしまって、
うまく読み取ることができない。
デジカメに付いている“手ブレ防止機構”を自分の腕に埋め込みたい!
「ハアッ、ハアッ、ハッ」
スピーカーからは、小川さんの吐息が聞こえてくる。
心拍数がかなり上がっているのだろう。

小川さんは、路面の凸凹を右に左に避けながら、なおかつ2km先の分岐点を目指して、
カイエンSを全開加速させていく。
目の前の路面の凸凹や岩、水溜まりなどを凝視し、
ハンドルを細かく切ってそれらを避けながら、
同時に遠くの目標を目掛けてカイエンSのスロットルペダルを踏み込んでいく。
極東シベリアの極悪路を走った時のことを思い出せば、
これがとても難しいドライビングだということが僕にもよくわかる。

クルマへのダメージを少なくするため、
障害物を避けるのに慎重になりすぎてしまっては速く走ることはできない。
高速道路やサーキットなどの舗装路面を高速で走る時には、
“遠くを見るように”と教えられるが、このようなラフロードで
遠くだけしか見ないで走っていたら、転覆するか、
岩にでもクルマをヒットさせてダメージを喰らうか、
タイヤをパンクさせるのが関の山だ。

こういう路面では、“遠くを見据えつつ、近くも凝視して”走らなければならないのだ。
あるいは、“ゆっくり、飛ばせ”ということか。
ものスゴい集中力を必要とすることは、僕も体験している。
深さ20cmの凸凹と岩と石が連続する直線路では、
小川さんは時速100km近くまで出していた。

ガァンッ!
少しでもショックを和らげるために、大きな凸凹の最も
平らな部分を斜めにカットして走り抜けようとした直後だった。
前輪は狙い通りにスリ抜けられたが、右後輪だけが凹みの淵に取られた。
バウンドした右後輪は瞬間的にカイエンSのボディを突き上げた。
右側の助手席に座っていた僕の身体も同時に跳ね上げられ、
天井のロールオーバーバーに思い切り強く頭をブツけた。

ヘルメット越しだから、直接的な痛みこそないものの、
ショックは相当に強い。
予期できていなかったから、なおさらだ。
同じ衝撃を何度も受けていたら、間違いなくムチ打ち症になるだろう。

それにしても、この揺すられ方はハンパじゃない。
ゆっくり走ったらタイムを縮められないのはわかっているが、
こんなにも激しくなければならないのか。
胃の内容物が逆流してきそうだ。
とんでもないところに来ちゃったなぁ。
でも、後悔したところで、もう遅い。
「1・4km先を右折です。そのすぐ先に川があります」
「1・4km、右折、川。了解!」