Road to the Clouds   5000メートルの峠を越える  


●原初の光景に圧倒される

360度見渡す限り、およそ生命あるものが一切眼に入って来ない。
岩と石の荒野の上に、溶け掛かった雪がところどころに残っているだけだ。
草木はおろか、苔の類さえも生えていない。
標高5020mの高地には、強い風が吹いていた。

眼をどんなに凝らしてみても、人里も建物も見当たらない。
地球が誕生した時から、人の手が一切入らないと、こうなるのだろうか。
あるいは、宇宙の星とは、こんな感じなのだろうか。
自分の実存を無性に確かめたくなって、意味もなく“アアーッ”と虚空に吠えてみる。
立ち去り、速やかに人里に駆け込みたいか。
あるいは、この世のものとは思えない景色とひとつになれるまでたたずんでいるのか。

アルゼンチン最南端のリオ・ガジェゴスから北のボリビア国境まで、
ルタ(ルート)40という長い道が縦断している。
ルタ40は、アンデス山脈を越える途中で「Paso Abra el Acay」という峠を通過する。
その峠こそが、“南北アメリカ大陸で、自動車で越えることのできる峠のうちで
最も標高の高い峠”として有名なのだ。
峠の標高は、4895m。特別に許可を受け、ランドローバー・ディスカバリー3で
ゆっくりと、さらに高いところを目指して登っていった。

道があるわけではない。
轍とも呼べない、タイヤの踏み跡のようなものがうっすらと見える。
その轍のようなものに、ディスカバリー3のトレッドはギリギリ収まる。
少しでもハンドルを切ると、タイヤが踏み固められていない
鋭利な角を持つ石の上を通らなければならなくなるから、
なるべく直線を行くようにコース取りを行わなければならない。

ゆっくりとディスカバリー3を運転している限りは何も起こらないが、
ドアを開けて降りた瞬間、クラクラッと来る。
身体の軸が定まらず、フラフラする。頭も痛い。
軽度の高山病だ。循環障害を起こさないために、つねにペットボトルから水を飲んでいる。
軽い高山病に罹りながらも、そこにしばらく留まりたかったのは、
アンデスの大いなる絶景の力に引き止められたからだろう。

ランドローバーがアルゼンチンで行ったイベント「The Road to the clouds」は、
4895mのPaso Abra el Acayを越えることがハイライトだった。

後ろ髪を引かれる想いでディスカバリー3に戻り、
今晩滞在するサン・アントニオ・デ・ロス・コブレスへ向かう。
赤茶色の岩山の縁を舐めるようにして、
ヘアピンカーブが連続するルタ40の急坂を土煙を上げながら駆け下りていく。
ランドローバーのスタッフは、
ディスカバリー3の悪路踏破能力の高さを実証するために、
時々、わざとルタ40を外れ、僕らに未舗装のラフロードを走らさせる。