第30回:8月28日「B&Bとタイヤ屋」



『10年10万キロストーリー4』刊行記念!

建都300年の街サンクトペテルブルク。ロシア第2の大都市だが、
まだまだ“ソ連”式がはばをきかせていて……。








■頭にくる対応


昨日は8軒のホテルに宿泊を断られ、旅行代理店に駆け込んだ。そこでは散々待たされた挙げ句、「空き室がある」と言っていたホテルが、結局はないことがわかり、怒って席を立った。

「中心地だったら、100ドルは出してもらわないと見付かりませんよ」
「シングルルーム3つをひとつのホテルに3泊分確保できないので、ひとりとふたりを2つのホテルに分けても構わないか? ホテルは500mしか離れていないから、歩いて行くことができる」
「ホテルを途中で引っ越してもらっても構わないか?」
「ここでは仲介手数料を支払ってくれるだけでいいが、ホテルについてキャンセルするのは困る。そうなると、私が罰金を支払わなければならなくなる。そのホテルはとてもいいところで、今までここを紹介されてキャンセルした人は誰もいない。でも写真やパンフレットはない」
「場所はあたなたちが断られたオクターブリャスキーホテルの近く」
「ホテルの看板は出しておらず、小規模でやっている。110ドルが2部屋と、160ドル1部屋になる。ふたつのホテルは、こっちとこっちだ」
そう言いながら地図を広げ、窓を開けて指差した方を見ると、とてもじゃないが500mのわけがない。地図で確認したって、2km以上は離れている。

コロコロと言っていることが変わり、結局は値段が上がっていき、「私がいいと言うのだから、いいに決まっている」という旧ソ連式の、ホスピタリタティ精神皆無の姿勢に呆れてしまった。
「あなたたち、早く決めてよ。今が最後のチャンス。私は時間がないんだから!」
中年女性経営者が、僕らに最後通牒を突き付けて部屋を出ていった。その姿は、映画『007 ロシアより愛を込めて』で、ジェームス・ボンドに機関銃を向ける女ソ連兵に見えた。「時間がない」と言っておきながら、オフィスから出て外でタバコを吹かしているのだから、頭にくる。

同じ建物内の他の旅行代理店2社にも当たってみたが、1軒は電話で聞いてみてくれたが、もう1軒は門前払いされてしまった。






■ようやく落ち着く

ロシアでのホテル探しは、他の欧米の街のように簡単には行かない。アルファベットで“Hotel”という看板なり表示がほとんどないのだ。
ホテルはロシア語で“ガスティニーツァ”と呼び、読めないキリル文字で書かれた看板がほとんどだ。キリル文字で、同じ意味の“オテル”と書かれていることもあるが、RやNが逆に向いていたり、rやnに似ているけど違ったり、ローマ数字まで文字として使っているキリル文字とロシア語のダブル攻撃には、とても太刀打ちできない……。

結局、代理店巡りをする前に、“抑え”としてチェックした、ネーフスキー大通りの向かいに見えた「アレクサンドラズ・ベッド&ブレックファスト」(www.bednbreakfast.sp.ru)に泊まることにした。
50ドルの部屋が2つと、40ドルの部屋が1つ、シングルルームが計3つ空いていた。これが大当たり!
シャワーとトイレが共同だが、どこも改装したばかりで、清潔なのがうれしい。部屋も狭くなく、共同の洗濯機、冷蔵庫、電気コンロ、食器類が自由に使え、おまけにエスプレッソマシンまである。アレクセイは「テレビがない」とボヤいていたが、僕らにはあまり関係がない。一昨日の収容所のようなホテルと違って中心部にあるため、歩いて買い物や食事に出かけられるのもいいところだ。

ここの電話はインターネットにダイヤルアップ接続できなかった。しかし、そばにはインターネットカフェや、ビジネスセンターを備えていそうな5つ星や4つ星のホテルがある。まあなんとかなるだろう。


■タイヤ屋を訪ねる

僕らにはまだやらなければならいないことがある。刺されたピレリP6の、換えのタイヤを買いに行かなければならない。28日の朝は、駐車場の係員にタイヤ屋の場所を訊くことから始まった。係員→ガソリンスタンド→修理工場→クルマ部品屋の順に尋ね、ネヴァ川の向こうにあるタイヤ屋に辿り着いた。

アレクセイは、人に場所を訊ねる時に、ディティールを最後まで訊かない。
「真っ直ぐ行ってロータリーを右に、左に曲がってすぐ」
ちょっと込み入った説明だと、端っから憶えようとせず、どこかでまたクルマを降りて訊けばいいやと甘く考えている。ヒドい場合は角を曲がる度に人に訊ねている。時間がかかって仕方がない。
また、尋ねる相手を見極めるということを知らない。人間であれば誰でもよく、手当たり次第に声をかけている。「そんなお婆ちゃんに聞いてもわからないのは、最初からわかっているようなものじゃないか」と言ってもわかってくれないから、イライラさせられることが多い。

ようやくたどり着いたタイヤ屋で購入したのは、刺されたタイヤと同サイズである、185/65R14のヨコハマA593。1990ルーブル(約7960 円)。同じピレリP6が欲しかったが、ピレリは売っていなかった。ミシュランとコンチネンタルも候補になったが、ミシュランは高性能車用のPilot Sportでカルディナには不向き。グリップ力は強大だが、カルディナはそれを履くにはパワー不足。燃費への影響とノイズも大きいという理由から、店員も勧めない。コンチネンタルも設計が古いから、カルディナでポルトガルまで行くのならばと、A539に決まった。

そのタイヤ屋では組み替え作業は行っておらず、向かいに見える小さくて古い専門店に持ち込む。古くても、設備や手さばきに抜かりはない。たとえロシアでも、専門職人の仕事ぶりというのは見ていて気持ちがいい。工賃1本60ルーブル(約240円)でやってもらった。

(文=金子浩久/写真=田丸瑞穂/2003年8月初出)