第29回:8月27日「さっ、刺された」



『10年10万キロストーリー4』刊行記念!

サンクトペテルブルクで宿を探す。今までの街と違い都会のここは、人も車も多くなる。
そうなると、別の危険も増えてくるわけで……。








■子供の一言


渋滞中のモスクワ大通り。今までのロシアの都市と違って、サンクトペテルブルクは大都市でクルマも多く、渋滞が慢性化している。前のクルマ「ボルガ」に続いてズルズル走っていると、10歳ぐらいの子供が運転席の窓ガラスをノックしてきた。モノ盗りでもなさそうだから、窓を開けると「タイヤがパンクしているよ」と言って去っていった。

慌てて車外に飛び出し、ペチャンコになったタイヤを見て動転している隙に、クルマから何か盗もうとしているんじゃないか? そんな輩がどこかにいるに違いない。そう思ったわれわれ3人は、殴り込みにでも行くように辺りを睨め付けながら、ゆっくり表に出る。

幸い誰も襲ってこなかったが、可哀想に左後輪のピレリP6は何か鋭いもので刺され、まだシューシューと空気を漏らしている。刺し跡はタイヤのサイドウォール真ん中だし、何かに擦ってもいない。明らかに人為的に刺された傷だ。あの極東の悪路にも耐えてくれたのに、車上狙いの邪悪な刃にやられてしまうとは。






■仕事がもう一つ

朝からホテルを探して8軒に断られ、タイヤもパンク。これじゃ、泣きっ面に蜂じゃないか。なにが、建都300年だ。全員、怒りで眼が三角になっている。
「やったヤツを見つけたら、ブッ殺してやる」
ルーフに乗っているキャリアからスペアのタイヤを取り出し、付け替える。

「さっき、右側にノロノロ走っている白いラーダがいて、その後ろのクルマからホーンを鳴らされていたんだ。あのホーンは、タイヤが刺されたことを教えてくれたのかもしれない」
運転していたカメラマンの田丸は、ヘンな気がしたが、まさか走行中のタイヤが刺されるなんて考えもせず、気にしなかったのだ。

タイヤの傷は、最も柔らかいサイドウォールを貫通しているから、修復は不可能。1本買い直さなければならない。「シュウリすれば、使えます。ロシアでは、アタリマエです」通訳のアレクセイはもったいないというが、この先ヨーロッパでスピードレンジがグッと上昇する。修理したタイヤなんて、怖くて履いていられない。 サンクトペテルブルクにいる間にタイヤを探して、買わなければならない。またひとつ、やることが増えてしまった。再び、渋滞中のモスクワ通りを街の中心に向かって走り始めたが、ホテルの部屋はまだ取れていない。今夜は泊まれるのか……。

(文=金子浩久/写真=田丸瑞穂/2003年8月初出)